革新市政の会は来るべき2005年4月の名古屋市長選挙で革新・名古屋市政の実現をめざしています。
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革新市政の会 2001年4月・市長選挙基本政策(案)

2000年12月19日

市民の願いにこたえ、 安心して住める21世紀の名古屋を
〜「市民が主人公」―ともに生きるまちに〜

目次

1、はじめに
2、これでいいのか名古屋市政
(1)「日本一の福祉」を次々に後退
(2)ひとりひとりの子どもを大切にする教育を深刻な「教育危機」に陥らせる
(3)中小業者・商業――落ち込む名古屋の地域経済
(4)市民負担のごみ減量・リサイクル
(5)防災対策を怠り、豪雨災害で市民の安全がおびやかされる
(6)万博・空港など熱心に推進し、3兆円もの借金をつくり財政破たんをすすめる松原市政
(7)“聖域なし”の『行革』断行で市民犠牲の強化

---3章以降は次ページ---

3、基本政策 「市民が主人公」―ともに生きるまちづくりを
(1)くらし・福祉最優先のまちづくり
(2)ゴミ減量・リサイクル―環境先進・名古屋へ
(3)少子化時代――子どもたちが輝くまちに
(4)中小企業・業者の経営や市民の雇用の安定化で地域経済の再生へ
(5)災害に強いまちづくり
(6)大型開発でなく市民生活型公共事業に転換し、財政再建をめざす
(7)女性の社会参画をすすめます
(8)真の情報公開と市民参加で「市民が主人公」のまち―名古屋に

4.私たちがめざす21世紀の名古屋ビジョン


1、はじめに

(1)2001年4月の名古屋市長選挙が近づいてきました。今度の市長選挙は、21世紀になって初めて政令市で行われる選挙です。そして私たち市民のくらしと名古屋のまちにとってはもちろんのこと、21世紀の新しい政治のあり方について全国に大きな影響を与えることにもなるでしょう。217万市民の願いにこたえ、今度こそ「市民が主人公」の市政を実現し、誰もが安心してくらせる名古屋をつくろうではありませんか。

(2)いま松原市政は、財政破たんした愛知県政に追随して市民の声を無視し、万博や空港をすすめ、財政や防災、福祉、経済などの分野で危機的な状況におちいらせて、名古屋市の財政赤字は、3兆2千億円の見込みとなり(2000年度予算)、市長自身も「財政危機」を口にせざるをえない事態で、まさに財政破たん寸前となっています。
2000年9月の東海豪雨は大きな被害をもたらしました。ムダな公共事業には税金を湯水のように使い、市民の命と財産を守る防災対策を名古屋市は怠ってきたことや被災者への救済措置がきわめて不十分であることが明らかになりました。
松原市政は、福祉について県の補助金削減を契機に、乳幼児や障害者の医療費無料制度に対し、所得制限を導入の改悪を強行しました。県が来年度以降、カットを見合わせると見直しても、松原市政はごり押しの姿勢をつづけようとしています。また、大阪市などで実施されている低所得者に対する介護保険料の軽減措置も拒みつづけています。
あおぞら裁判で名古屋地裁は、2000年11月、これまでの道路行政と大企業によって環境が汚染され,住民の命とくらしや健康がおびやかされてきたことに審判を下しました。オール与党相乗り市政は、91年に新たな公害被害者への救済措置を中止するなど、冷たい態度をとってきました。
こうした一連の事実をみれば、4年前の松原市長が掲げた「安全なまちづくり」「環境にやさしい都市環境づくり」「安心して住みつづけられるまちづくり」などの公約とは全く逆に、市民に対しては無慈悲で罪深く、市民に冷たい4年間であったかは明らかです。
ゴミ問題を長年放置し、藤前干潟を埋め立てようとしたことが、市民の大きな怒りを呼び、とうとう埋め立て中止に追い込みました。松原市長は、市民の声におされて、ゴミの分別収集を始めましたが、その一方的なやり方に、市民の批判が高まっています。
このような市民不在の松原市長に対して、市民の間からは、「これではたまらない」という強い声があがっています。もうこれ以上、松原市政をつづけたら21世紀の名古屋はダメになってしまいます。

(3)「市政の流れを変えよう」――これは217万市民の多くの心からの願いです。いまこそ、自民党県政や国、大企業いいなりの市政を市民の手にとりもどし、「市民が主人公」の市政を実現するときです。21世紀に希望が持て、明るく住みよい名古屋をつくるために市民が力をあわせようではありませんか。
 大型開発事業を根本的に見直し、税金の使い方を市民本位にあらため名古屋の財政をたてなおし、逆立ちした市政を転換することこそ21世紀の新しい政治です。名古屋では、藤前干潟を守る運動や万博の住民投票を求める市民の運動がすすめられてきました。全国では、無党派との共同で革新・民主の自治体が相次いで誕生するなど新しい政治の流れが着実に広がっています。
 こうした中で、国政では野党である民主党が名古屋では、自民党県政いいなりの松原市政を支持していることに、多くの市民から批判の声が出ています。名古屋でも政治を変える条件が大きく広がっています。
 今回の名古屋市長選挙は、「市政の流れを変えよう」――この一点で、思想・信条の違いをこえて共同の輪を大きく広げましょう。そして草の根の運動の中から、なんとしても市民の市長を実現しましょう。

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2、これでいいのか名古屋市政―16年間の「オール与党相乗り」政治で名古屋はこうなった…

「わたしたちは、人間としての真の幸せを願い、憲法の精神にもとづき、ひとりひとりの基本的人権がまもられ、健康で文化的な生活のいとなめる個性豊かなまち、名古屋をめざす」(『名古屋市基本構想』より=1977年12月議決)
――これは1973年から1985年の間、革新市政がつくったまちづくりの指針である「名古屋市基本構想」の「まちづくりの基本理念」です。革新市政は、これにもとづき「名古屋市基本計画」を策定し、市民のための市民による市政をつくるために、「『経済の論理から生活の論理へ』を市政にとり入れ」(1985年4月24日『毎日新聞』)、生活関連予算を大幅に引き上げるなど、「福祉・教育日本一」とまでよばれる施策を12年間にわたり次々と実現してきました。
しかし、16年前に革新市政がつぶされ、市民に犠牲をおしつけ、ゼネコン型政治をすすめるオール与党相乗り市政に変わると、「基本構想」を骨抜きにし、福祉、教育、中小企業対策など市民のいのちとくらしや営業にかかわる予算を次々と大きく削り、国や県、財界いいなりの大型公共事業優先の市民に冷たい市政をすすめてきました。

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(1)「日本一の福祉」を次々に後退

革新市政時代に実現し全国に誇った「福祉日本一」の施策が次々と後退し、在宅福祉サービスの利用状況は全国最低レベルがつづき(1999年版老人保健福祉マップ・資料1 )、「在宅福祉後進都市」とまでいわれています。
革新市政は、乳幼児や障害者(児)について医療費無料制度を所得制限なしでつづけ、国が老人医療費を有料にした1983年には市独自で高齢者への福祉給付金制度を創設し、市民運動で医療費の無料制度を継続させてきました。ところが、松原市政は自民党政府の相次ぐ医療費患者負担増に追随し、愛知県の補助金削減を契機に、乳幼児や障害者に対し所得制限を導入するなどの改悪を行い、県が見直しても改悪をごり押ししようとしています。
また、革新市政は、それまで嘱託だったホームヘルパーを市の職員にし、在宅福祉の充実などに大きな役割を果たしてきました。しかし、松原市政は介護保険制度開始と同時に高齢者の在宅介護にあたる市職員ホームヘルプ制度を廃止し、介護サービスを民間企業に丸投げするなど、市の責任を放棄しました。さらに2000年10月からの介護保険料徴収 (資料2) (資料3) (資料4)で 「年金から天引きされて、どうやって生活したらいいのか」、「利用料が高くて払えない。介護サービスを削るしかない」という市民の声が多く出されています。全国で独自に保険料の減免をする自治体が増えているのに、松原市政は「適当でない」と冷たい態度です。また、特別養護老人ホームの建設は遅れ、2000人が入所を待たされ (資料5) 、1000人が市外の特養ホームに入所しています。
革新市政は、全国に先駆けて65歳以上に所得制限なしで敬老パスを発行し、元気なお年よりの宝として現在も喜ばれています。また、国民健康保険は、ほとんどの市町村が世帯主7割給付のなかで、政令市で唯一8割給付を守りつづけるなど、市民のたたかいで現在も継続されています。しかし、ことあるたびにこれらを改悪しようと画策してきました。
革新市政は、「ポストの数ほどの保育園を」という父母の要求にこたえ、市内に次々と保育所を建設し、71園から126園へと新たに55園を開設しました。現在、市内には人口急増地域を中心に保育園が満員で入所できない児童が約500人(5月1日現在・資料6)いますが、松原市政は2園しか増設していません。
少子・高齢化の時代にふさわしい施策の充実が求められるのに、いまの松原市政は逆にかつての「福祉日本一」を次々と後退させてきました。このままでは名古屋の福祉はますます冷え込むばかりです。
さらに、下水道料金や保育料などの値上げのほか、粗大ごみの有料化などをおこない、市民負担を一層強めてきました。市営住宅の建設は、「充足している」として新規分の建設をすすめていません(資料7)。このようにオール与党相乗り市政は、市民のくらし・福祉を切り捨てる冷たい態度をとっています。

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(2)ひとりひとりの子どもを大切にする教育を深刻な「教育危機」に陥らせる

革新市政時代は、自民党市政が増やしつづけてきたプレハブ教室を1年で一掃したり、小中学校にプールを建設したりするなど、大きな実績をあげました。また、全国で初めて私立高校生への授業料補助を実現するなど、ひとりひとりの子どもを大切にする教育行政をすすめました。
しかし、いま、子どもと教育をめぐる状況は深刻です。自民党市政は高校入試に複合選抜制度を愛知県とともに強引に導入し、受験競争をさらに激化させました。高校入学率は政令市で最下位という事態です(資料8)。不登校など長期欠席児童生徒は、特に中学校で生徒全体に対する割合が増え(99年度、対前年度比3.6%増)、中学卒業生の「無業者」は、468名(2000年3月卒)と急増しています。教員については、正規の採用枠がありながら身分が不安定で継続性のない臨時教員(講師)をあてがうなど、ひどい状況です。父母や子どもたちからの強い要求である30人学級実現については耳を貸そうとしません。たとえ一人でも希望者があれば障害児学級を新設することについても、「県が改善しないとできない」として父母らの切実な要求にこたえようとしません。
こうした中で起きた中学生5000万円恐喝事件は、市民に大きな衝撃を与えました。ところが名古屋市は大河内清輝君事件の教訓をいかそうともせず、事件以後、松原市政が進めたのは学校と警察との連携を強化し、生徒の校内暴力など問題行動が起きたら、即警察へ通報・逮捕という事例があいつぐなど、根本解決には目もくれず管理教育を強めるばかりです。

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(3)中小業者・商業――落ち込む名古屋の地域経済

名古屋の中小企業は、全事業所の98%を占め、名古屋の地域経済をささえる大きな役割を果たしてきました。しかし、長引く不況のもと、企業リストラや倒産・廃業が目立ち深刻な事態となっています。この3年間(96~98年)に市内では6484事業所が減っていますが(資料9)、このうち約8割近くが従業員9人以下の事業所で、従業員数は8万8千人も減っています。
革新市政時代には、中小企業への無担保・無保証人の融資枠を自民党市政時代の2倍の200万円に引き上げるなど、中小企業にあたたかい施策を次々に実現してきました。また、中小企業のきめ細かい振興計画(『名古屋市中小企業振興計画』=1979年)を示しました。しかし、オール与党相乗り市政時代になって、棚上げし国や県、財界の要請にこたえた「産業活性化計画」(1986年3月)を打ち出し、国、県や財界いいなりの大型開発優先の市政がどんどんすすめられてきました。
中小企業向けの官公需発注は、革新市政時代は発注率が50数%台であったのに比べ、98年度、35%に落ち込むなど政令市の中では最低クラスとなっています(資料10)。
また、商店街では閉店が相次ぎシャッター通りが目立つなど、この17年間(82~99年)に市内の商店数は5万2557から4万3777に急減していますが(資料11)、大型店は212から328(82~97年)に増加しています(資料12)。こうした事態に松原市政は、大型店について市独自の規制をするなどの対策もとらず、野放しの態度をとってきました。いま名古屋の商業は大きな岐路に立たされています。

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(4)市民負担のごみ減量・リサイクル

渡り鳥の宝庫・藤前干潟の埋め立ては、国内外の世論や市民運動の力で中止させました。この取り組みを通じ、市民はごみ・減量・リサイクルへの努力を展開し、その結果、ごみ減量が大きくすすみました(資料13)。しかし、松原市政は「受益者負担」強化の立場で粗大ごみ有料化(98年11月から)につづき、事業系ごみの全量有料化(2000年4月から)を強行しました。さらに家庭ごみ有料化の導入を検討しています。
この夏から新たな資源ごみの分別収集を始めました。いま名古屋市のごみ収集経費は大幅に増えていますが、ごみ問題の根本的解決は製造者責任を明確にするなど、製造・流通段階からごみの発生を抑えるためのルールづくりが必要です。それらの対策をせずに市民負担という方向だけではゴミ問題は解決しません。

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(5)防災対策を怠り、豪雨災害で市民の安全がおびやかされる

2000年9月11日の東海豪雨は、1時間100ミリという記録的な雨で市内3万4000世帯が床上・床下浸水するなど、大きな被害をもたらしました。松原市長も、「上流域での開発の進捗に河川整備が追いついていない」といわざるを得ませんでした。
この数年間、河川整備などの治水費(資料14)は大幅に削られ、国管理の庄内川を始め、県管理の天白川、新川や市の管理する河川改修はないがしろにされてきました。また、大規模な区画整理事業や経済性追求の土地開発等で森や林、ため池、田畑を消失してきたために、市街地に雨水をためる機能を持たせる総合的な治水対策や防災対策の遅れが浮き彫りになりました。
また、市民の安全を守る消防体制は、国の基準が緩和されたものの、消防職員は91%の充足率しかなく、救急車の不足が目立っています(資料15)。市民からは、「万博や空港よりも豪雨被災者の生活支援や防災を優先して税金を回せ」という批判の声がうずまいています。

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(6) 万博・空港など大型開発を熱心に推進し、3兆円もの借金をつくり財政破たんをすすめる松原市政

「なぜ、水のいらない徳山ダムに税金をつぎこむのか」――多くの市民の怒りを無視して松原市長は不要・不急の大型開発にばく大な市民の税金を投入し、財政危機をひきおこしています。地方自治体としてもっとも大切なことは、市民の税金を市民のために使うことです。ところが松原市政は、愛知万博や中部国際空港、空港の歓迎拠点とする「ささしまライブ24」に合計664億円以上、そして徳山ダムに600億円以上などと市民の税金を大 企業中心のムダと不要不急の大型開発事業につぎこんでいます。
中部国際空港は外国航空会社協議会が、「中部空港は地域の威信のための施設」であり、「必要性がない」と表明しているほどです。徳山ダムは水利用の見通しもなく、全国からも批判の声が強まっています。
市街地再開発事業は、緑区有松で大型店マイカルの出店が危うくなっているにもかかわらず推進され、トヨタや中電など中部財界がすすめる名駅北の牛島地区、三越や名鉄メルサが計画している栄三丁目などの民間再開発事業にも多額の補助金を出してすすめています。
都市高速道路は、総額1兆7400億円を費やす県下最大プロジェクトで、増えつづける市債の大きな部分を占め、瑞穂区堀田では大気汚染の環境基準さえ大幅に超える環境悪化がすすんでいます(資料16)。
このような大型開発事業そのものがばく大な借金を増やす根源であり、税金の投入は縮小すべきです。ところが松原市長は、新たに策定した「名古屋新世紀計画2010」においては、この方向をさらに加速させ、財政の破たんに拍車をかけるというとんでもない姿勢をとっています。

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(7)“聖域なし”の『行革』断行で市民犠牲の強化

名古屋市の今後の財政収支見通しは、毎年500億円から600億円もの大赤字になると松原市政は公表しています(資料17)が、大変厳しい財政状況となっています。しかも、借金(市債)の残高は、3兆2000億円(2000年度末見込)、1人あたり147万円にもふくれあがっています(資料18)。しかも、この利息だけでもなんと1日あたり3億4000万円です。
こうした「財政危機」を招いたのは西尾前市長とそれを引き継いだ松原市長です。ところが松原市長はその責任をとらないばかりか、「危機」をつくりだした大型開発事業を根本的に見直そうともせず、「聖域なし≠フ『行革』断行」という強気の姿勢を示し、「財政危機」のツケを市民におしつけて乗り切ろうとしています。それが「行革」の名による市民生活にかかわる予算や職員の削減です。
職員の削減は98年度から3ヵ年計画で2000人以上をうちだし、すでに市バス職員削減とともに市民の足を奪う「バス路線再編」を98年5月に強行したのをはじめ、市職員ヘルパーやゴミ収集職員など、目標を上回る2157人の削減が実施されました。
さらに「経常経費の見直し」では、庁用経費の原則30%カット(光熱水費10%、消耗品費50%)で各区福祉会館の浴室にあった石鹸までなくし、任意補助金の一律一割カットで学童保育所や障害者作業所の運営費、町内会の防犯灯電気代補助金までカットされています。
松原市政は、自民党県政や国、財界いいなりの結果である財政破たんにメスを入れようとしません。そして市民生活切りすての新たな「行革」をすすめ、さらに福祉や教育などの市民サービスを切りすてようとしており、このような市民不在の市政の流れを変えなければなりません。

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